インドネシアが直面する「中所得国の罠」
近年、インドネシアを含めた東南アジアの国々に対して「中所得国の罠」という言葉が使われるようになりました。特にインドネシアは中所得国の罠に陥りやすい状況にあり、政府はさまざまな対策を打ち出しています。
本記事では、インドネシアが直面する中所得国の罠について詳しく解説していきます。今後、インドネシアへの進出を検討している人はぜひ記事を読み進めてみてください。
中所得国の罠とは
中所得国の罠とは「安価な労働力や外資の誘致によって発展した国が、中所得国の水準に達した後に成長ペースが鈍化し、長期で停滞すること」を意味します。こうした状況には、中国、タイ、ブラジル、メキシコ、アルゼンチン、チリなど108カ国が該当すると言われています。
インドネシアの主要な産業は製造業であり、豊富で安価な労働力を元に、積極的に外資を誘致してきました。2000年代以降、このモデルによって高い経済成長を維持してきましたが、一方で人海戦術から脱却できず、技術革新が進まないという課題に直面しています。また、国内の優秀な人材が先進国へと流出する構造も、産業の高度化を阻む要因となっています。
結果として、労働力の安さと量に依存した経済からの脱却が難しく、この中所得の罠の典型例になりつつあるのが現状です。次からは現在の状況についてより詳しく解説していきます。
インドネシアが中所得国の罠に陥っている要因
ここでは、インドネシアがなぜ中所得国の罠に陥っている要因や、現在抱えている課題を解説していきます。
資源への依存度が高い
インドネシアは天然ガスや石炭、パーム油などが採れる資源国です。資源価格に経済状況が左右されやすいため、政府は未加工鉱石の輸出を禁止して国内で加工を義務付けていますが、技術的な基盤は弱い状況が続いています。
過去20年間の貿易データを見ても、資源依存の輸出構造は大きく変わっていません。政府が打ち出した政策は一定の成果を上げつつも、産業全体の高度化という意味では、まだ十分に達成できていない状況が続いています。
早期の脱工業化が進む
一般的に国家の経済は「農業から製造業、そしてサービス業」へと順を追って発展します。しかし、インドネシアでは、製造業が十分に成熟する前に比率が低下しサービス業への移行が始まる、早期の脱工業化の懸念に直面している状況です。
製造業の技術革新が進まずに未成熟なままサービス業へ依存してしまうと、大量の労働力の受け皿がなくなります。独自の技術蓄積がなく「安さ」と「高い付加価値」両方で勝てない状況になり、中所得国の罠に陥るリスクが高まるとされています。
中間層が縮小し、雇用の質が上がらない
インドネシアにおける中間層とは、月収400万ルピアから2,000万ルピア(約3万6,000円〜18万円)と定義されています。国内の経済を支える安定した消費能力を持つ層ですが、新型コロナ以降は約1,000万人減少しています。
減少した中間層の多くは富裕層へ格上げされたのではありません。雇用の悪化や生活費の高騰によって、経済的に不安定な「中間層予備軍」や「脆弱層」へと押し下げられているのが実態です。その根本原因は、安定した社会保障や給与が望める製造業の雇用が縮小し、不安定なインフォーマル労働(非正規の自営業など)へと流出する「雇用の質の劣化」にあるとされています。
インドネシアの通貨ルピアの価値低下
インドネシアの通貨ルピアは、中東危機や国内の政治不安から歴史的な下落を続けています。エネルギーや食品の多くを輸入に頼る国において、このルピア安はインフレを招き、国民の生活コストに大きな影響を与えています。
この通貨安の背景には、無償給食への巨額予算や根強い縁故主義という問題があり、外資が集まりづらい点があります。今後技術革新への投資が後回しになり体制が見直されない場合は、通貨安と購買力低下から抜け出せず、長期停滞へ向かうリスクが高まるでしょう。
中所得国の罠から脱却するために
インドネシア政府は中所得国の罠に直面していることを理解し、さまざまな施策を実施しています。ここでは、具体的な施策を紹介していきます。
資源加工の義務化
インドネシア政府は、ニッケルや銅、錫、ボーキサイト、パーム油などの資源を国内で精錬・加工することを義務化しています。これは資源への依存度が高い経済構造から脱却するためであり、付加価値をつけてから輸出する体制への転換を図ってきました。
特にニッケル産業では、輸出禁止措置によって中国企業の巨額な工場投資を呼び込み、加工製品の輸出額を増大させるなど成果を上げています。一方で、技術移転に向けた人材育成の遅れや、外資への依存が大きな課題となっています。
電気自動車(EV)産業の誘致
インドネシア政府は2030年までに年間60万台、2035年までに100万台のバッテリー電気自動車を生産する目標を掲げています。外資企業の誘致を積極的に進めており、法人税の減税や、現地調達率を満たした車両の奢侈(しゃし)税を実質0%にするなどの優遇措置を実施してきました。
こうした優遇措置を背景に、中国のBYDや、ベトナムのビンファストなど自動車メーカーが相次いで現地工場の建設に踏み切っています。インドネシアでは日本ブランドのガソリン車が約9割のシェアを抱える中で、政府はさらなる外資の呼び込みと充電インフラの拡充を急いでいます。
デジタル経済の育成
インドネシアは、国全体でデジタル経済を推進しています。2020年には「国家AI戦略」を策定し、デジタル経済を推進する機関「AIイノベーションセンター(PIKA)」を設立、行政サービスの単一デジタル化を目指す「INA Digital」など、国家レベルのインフラ整備が進められてきました。
特に注力しているのが製造現場の効率化です。具体的にはデジタルセンター(PIDI 4.0)を開設し、スマート製造の研究やロボット工学の教育を行っています。結果として、日系メーカーの工場が最新の溶接ロボットやAI検査装置を導入して品質向上を達成するなど、現場改革の実例が生まれています。
まとめ
インドネシアの経済成長を支えてきた製造業は停滞し始めている上に、依然として資源に依存した経済モデルから完全に脱却できていません。これに対し政府は、資源加工の義務化やEV産業の誘致、製造現場のデジタル化を進めています。
インドネシア政府は、改革を進めることで中所得国の罠から脱却し、2045年には先進国入りを目指しています。外資依存や人海戦術のフェーズを終え、技術蓄積と制度改革をどこまで徹底できるかが、先進国入りに向けた最大の鍵となるでしょう。