ベトナムの縫製業の今
かつて、ベトナムといえば安価で豊富な労働力を武器にした縫製業のイメージが強い国でした。しかし近年は米国の関税政策や人件費の上昇によって、状況が変わりつつあります。
本記事では、ベトナムの縫製業の現状と課題、今後の展望について解説していきます。
ベトナムの縫製業の現状
ベトナムの繊維・縫製業は輸出産業の柱として発展してきました。日本との関係も深く、ユニクロを展開するファーストリテイリングが、縫製工場73カ所、素材工場や副資材工場23カ所と契約(2025年9月時点)し、ベトナム国内で縫製事業を拡充しています。
しかし、足元では追い風ばかりではありません。人件費上昇による人材獲得競争の激化が起こっており、高価な製品の少量多品種生産を強化する動きもでてきています。
2025年は増収を記録し輸出額は世界3位
ベトナムの繊維・縫製輸出額は2025年に約460億ドルに達し、中国・バングラデシュに次ぐ世界3位となりました。米中貿易摩擦や主要輸出先での購買力低下の影響が懸念されていた中で、2024年の440億ドルから20億ドルの増収となっています。
縫製関連企業はベトナム国内に約7,000社以上が存在し、工業分野の約4分の1の労働者が縫製業に従事しているといわれています。縫製業は今後もベトナムの製造業を支える重要な存在になっていくでしょう
輸出先は米国が約4割、日本・EU・韓国にも分散
ベトナムの衣類輸出額を国・地域別に見ると、最大の輸出先は米国で、全体の約45%(2023年時点)を占めています。これに続くのが日本、韓国、カナダ、オランダで、近年は中東やアフリカ市場への輸出も伸びています。
米国向けのみならず、日本やEUなど複数の市場に分散している点は、特定の国に振り回されにくい構造ともいえます。ベトナムは外交面でも米国・中国・ロシアなど大国と等しい関係を保ってきた国です。輸出先の分散は、こうした特定国に依存しない姿勢が表れた結果ともいえるかもしれません。
対米関税は20%で合意も、原産地規則には注意
2025年4月、トランプ政権はベトナムに46%の相互関税を課すと発表しました。その後両国は交渉を重ね、同年7月2日に20%(第三国からの積み替え品には40%)の関税で合意しています。
20%という数字だけを見ると一定の決着がついたように見えますが、実務上の注意点があります。それは生地を中国から輸入し、ベトナムで縫製しただけの製品は「積み替え品」とみなされ、40%の関税が課されるリスクです。
ベトナムは中国とのつながりも強いことから、今も積み替え品の形式で加工された製品は多く存在します。米国税関の監視が強まる中で原産地規則をどう満たすかが、企業にとっての新たな懸念点となっています。
ベトナムの縫製業が直面する課題
関税だけでなく、人件費の面でもベトナムの縫製業は転換点を迎えています。ここでは具体的な課題を紹介していきます。
最低賃金の引き上げで人件費が上昇
2026年1月から、ベトナムの最低賃金は全国平均で約7.2%引き上げられました。地域によって金額は異なるものの、都市部を中心に人件費の上昇が続いています。
賃金の引き上げは労働者の生活水準向上につながる一方、労働集約型の縫製業にとってはコスト増加に直結する変更です。人件費の安さを競争力の柱にしてきた業界にとって、賃金上昇は避けて通れないテーマになっています。
周辺国との価格競争が激化
製造業の月額賃金を比較すると、ハノイ市やホーチミン市で400ドル程度であるのに対し、カンボジア・バングラデシュ・ミャンマーは200〜300ドル前後とさらに安価です。労働集約型の縫製業では、こうした周辺国への生産移管を検討する動きも出てきています。
ベトナムはこれまで中国よりも安い生産拠点として台頭してきましたが、今度は自らがより安い周辺国との競争を行う立場に変わりつつあります。昨今、単純な人件費の安さだけでは、今後の競争力を維持しにくい状況が生まれています。
日系企業への影響と縫製業の今後
コスト面での逆風が強まる中、業界としては付加価値を高める方向への転換を進めています。
委託加工から自社調達へ転換が進む
これまで主流だったのは、発注元が生地や仕様をすべて指定し、工場は縫製の工賃のみを受け取る委託加工(CMT)方式です。しかし、近年では自社で生地調達まで担う方式や、デザインも手がける方式への転換を進める企業が増えています。
こうした転換は、工賃の安さだけに依存しない収益構造を目指す動きであると同時に、原産地規則への対応にもつながります。単なる縫製だけでなく、国内でより多くの工程を担うことで、関税リスクを下げる動きが起こり始めています。
EU向け輸出でリスク分散を図る動きも
2026年8月1日、EU・ベトナム自由貿易協定(EVFTA)は発効から6周年を迎えました。この6年間でベトナム・EU間の総物品貿易額は3,838億ドルに達し、EU側は品目ベースで最終的に約99%の関税を撤廃する計画を掲げています。
しかし、輸出額全体に占めるEUの割合は10%〜15%程度で、米国の割合(約45%)を踏まえると、大きくはありません。関税撤廃という制度上の追い風があっても、全体の割合を塗り替えるだけの規模には至っておらず、米国依存からの脱却は限定的といえそうです。
まとめ
ベトナムの縫製業は、世界3位の輸出額を誇る一方、対米関税や最低賃金の上昇、周辺国との価格競争など複数の課題に直面しています。委託加工から自社調達型への転換やEU向け輸出の拡大は、こうした逆風の中で収益構造を見直す動きといえるでしょう。
進出を検討する企業にとっては、コストの安さだけでベトナムを選ぶ時代は終わりつつあります。原産地規則への対応力や、付加価値の高い工程をどこまで担えるかが、今後の競争力を左右するポイントになりそうです。