間違いだらけの物流DX➀ ~運送業界を待ち構える3つの悲観シナリオ~
みなさま、初めまして。ascend株式会社代表取締役の日下と申します。来る2022年1月のCREフォーラムにて、弊社が取り組む物流DXについてのセミナーを開催させていただく予定になっております。
私は新卒で外資系コンサルティングファームに就職し、その後国内の大手シンクタンクにて多くの物流企業の経営者や省庁、業界団体の方々と議論を重ねてきました。現在は物流DXソリューションを提供するascend株式会社の代表を務めております。また、これまでの業務経験や執筆等の内容を講演会やセミナーの形で発表させていただく機会も多く、直近では「物流DXの進め方」と称する連載等を行っております。どうぞよろしくお願いいたします。
物流のデジタル化は何十年も前から議論されているトピックであり、特に運送業界におけるデジタル化は業界の一丁目一番地の課題であると認識しております。そのような時勢を反映してか、昨今は「DX」(=デジタル・トランスフォーメーション)という言葉も広まりつつあると感じております。しかし、DXと称される取り組みの中には、「社内Wifiの導入」や「ペーパーレス化」、「オンライコミュニケーションツールの導入」等々、本来のDXとは程遠い内容が多いことも実情でございます。(次回号にてお伝えするように、これらの取組みはDXの前段の「デジタイゼーション」に該当し、広義のDXを構成する一要素ではあります)
さらに、「AI」や「ビックデータ」、「クラウド」等の流行り言葉が先行し、手段の目的化のような現象も多発しています。DXはあくまで「経営改革の手段」であるという点は、本連載において強調して参りたい所存です。
連載初回に当たる今回は、そもそもなぜ物流DXが必要なのかについて、各種マクロデータから得られる示唆に基づき考えて参りたいと思います。
なぜ運送業界にDXが必要なのか
そもそも論になりますが、なぜ運送業界に「DX」が必要なのでしょうか。物流クライシスが叫ばれる現在の状況では、荷主・運送会社間の力関係は徐々に運送会社側にシフトしつつあることは間違いありません。実際、2030年にはトンキロベースで35%もの物流需給ギャップが発生するとの見方もあります。
物流需給の推移
出所)日本ロジスティクスシステム協会より筆者作成
需要側の動向に目を向けると、国内小売のEC化比率はこれからも大きく伸びていくことが予測されております。日本のEC化比率は8%程度であり、欧米の10%と比較しても低水準です。コロナ禍の巣ごもり需要を考慮すると、今後も一層高い水準に推移していくことが想定されます。
一方で、供給側においては、労働力人口の減少という日本社会全体の趨勢があり、ドライバーの成り手自体が減少していく可能性が高いと推測されます。さらに、時間外労働の上限規制開始に端を発する「2024年問題」までの残された時間はあと3年程度しかありません。これに対応するためには、ドライバー1人当たりの労働時間も大きく削減していく必要があります。
マクロ経済学の一般原則に則れば、このように需要に対して供給が不足している、または不足が予測される状況では、価格曲線の上昇により需要を抑えるメカニズムが働くことが一般的とされています。つまり、「黙っていても勝手に運賃が上がる」ことが期待される状況にあります。
皆さまの実感としてはいかがでしょうか。少なくとも、本記事をご覧いただいている皆さま方におかれましては、「黙っていても勝手に運賃が上がる」というバラ色の未来を思い描いている方は少ないのではないでしょうか。実際にマクロ統計を見ても、運賃が上昇していると断言することは難しい状況にあります。
トラック運送事業の営業収入の推移(単位:億円)
出所)全日本トラック協会「日本のトラック輸送産業 現状と課題」
上の表はトラック運送事業の営業収入の経年推移を示したものです。何年間にもわたり「物流クライシス」が叫ばれているのにもかかわらず、業界全体の収支は乱高下しています。2013年~2017年のCAGR(年平均成長率)は1.17%と低い水準で推移しているのが実態なのです。
物流業界を待ち受ける3つの悲観シナリオ
これまでお伝えした通り、外部の環境に依存していても運送業界に未来はありません。ここからは運送業界の中に目を向けて現在地を確認していきたいと思います。
物流業界の各種統計
出所)国土交通省資料より筆者作成
国土交通省によると、運送業界の労働時間は全職業平均と比較して2倍長く、年間賃金は全職業平均より2割低いのが現状です。人出不足も深刻であり、働き手の内訳としても若年層が少なく高齢者が多い状況にあり、人手不足は極めて厳しい現状になっています。
このまま人手不足や低賃金の状況を改善できない場合、深刻な人手不足に陥ることは間違いありません。本当の問題は供給力不足が市場メカニズムを通じた適正な運賃向上につながらず、運送業界の価値そのものを毀損する結果に結び付いてしまっていることです。筆者は、悲観的に考えると次の3つのシナリオが予測されると考えています。
出所)筆者作成
シナリオ1:物流費の高騰あるいはサービスレベルの大幅な悪化
運送会社側で需要に応えるドライバーを確保できず、結果として物を運べない、あるいはリードタイムや輸送条件等のサービスレベルを著しくに悪化させてしまう可能性があります。実際に、一部の業界ではリードタイムの大幅な変更が発生しています。リードタイムの変更自体を取って見れば、これまでの無茶な納品時間の設定が適正化されたと捉えることもできますが、受益者の観点ではネガティブなケースも存在します。あくまで適正なレベルのサービスを適正な価格で提供できる状況が望ましいという点に変わりはありません。
シナリオ2:営自転換あるいは輸送モードの混流
高騰した運送価格は商品価格へと転嫁されることになります。しかし、値上げを嫌う荷主は運送費の上昇を避けるため、あらゆる方策を検討するはずです。運賃が許容上限以上に上昇するのであれば、物流を自社のサプライチェーンの中にあらためて引き戻し、自社あるいは業界単位での共同事業として物流事業を運営する可能性があります。実際、加工食品領域では、大手荷主が連携して物流新会社を設立し、システム連携まで含めた非常に付加価値の高い物流オペレーションを実現しています。このような取り組みが「物流」業界全体でみれば素晴らしい取り組みであることは間違いありません。しかし、これは運送業界のマーケット(トラック運送業の営業収入)という視点で眺めるならば、マーケット自体の縮小と捉える事もできます。運送会社がその専門的な知見と資産を活用し、付加価値の高い物流サービスの提供主体になることこそが、最も望ましい形であると筆者は考えています。
シナリオ3:メガプラットフォーマーによる物流サービスの提供
Society5.0に象徴されるように、現代はフィジカルとデジタルが融合する時代です。GAFAを始めとする莫大な資本力を有するITプラットフォーマーが、フィジカルな物流サービスを提供して来る可能性があります。実際に、Amazonは国内における物流センターへの投資を猛烈に推進しており、軽貨物車両の内製化もスピーディーに取り組んでいます。軽貨物のネットワーク化が完了した後、センター間配送を含む一般貨物の物流に進出してくるのは時間の問題と考えるべきです。その後の打ち手としては、付加価値の高い領域を内製化し、付加価値の低い(=収益性の低い)領域が外に出され、運送業界全体がGAFAの下請けのような状況になってしまう可能性すら存在すると考えています。
連載2回目のご案内(2021年10月予定)
今回は我が国の物流業界が置かれている現在地と行く末について考えて参りました。これまでの内容から明らかなように、需給ギャップ拡大は必ずしも運賃の上昇に結び付くのではなく、逆に運送業界の価値低下を招来してしまう可能性すらあります。しかしピンチはチャンス、逆境の中にこそ成長の機会はあるはずです。DX、デジタル“トランスフォーメーション”とは、「デジタルを駆使して経営を“変革する”」思想です。物流が企業の競争優位の源泉になり得る時代だからこそ、変革に成功した企業には大きなチャンスが待っているはずです。
来月号ではDXに関するよくある間違いや勘違いを紹介しながら、従来のデジタル化との違い、各業界のDXの事例などを交え、その本質についてお話しさせていただきたいと思います。
執筆者 日下瑞貴(くさかみずき) 氏 ご紹介
1990年4月、北海道江別市生まれ。2016年3月早稲田大学政治学研究科修了、PwCコンサルティング、野村総合研究所を経て、2020年3月ascend株式会社を創業 代表取締役社長、現職。論文「フィジカルインターネットによる物流課題の解決」にてヤマトグループ総合研究所 審査員長特別賞受賞。物流ニッポン「物流DXの進め方」を連載中。その他に物流DXに関する講演多数。