(レポート)激化する北極圏の覇権争いと北極海航路の将来性~トランプ大統領のカナダ、グリーンランド併合発言の背後にあるもの~
SCMソリューションデザイン 代表
魚住 和宏 氏
今回は「北極圏」と「北極海航路」をテーマにお話しします。その理由は、地球温暖化の影響で北極海の氷が急速に溶け始めたことにより、新たな航路「北極海航路」が生まれているからです。
これは地球温暖化がもたらす唯一といって良いメリットです。私は、日本を含め各国は利害を超え、手を取り合って北極海航路の活用を進めるべきと考えており、そのことを世の中に発信したいと思っています。
●北極圏の今
「北極圏」は、北極線と呼ばれる北緯66度33分より北の地域を指します。北極には南極と違って陸地はありません。年平均気温は-18°Cで、夏の気温は0℃程度。冬は-50℃まで冷え込みます。
日本から北極圏までの距離は約5000km。日本の稚内から沖縄の与那国島までが約3000kmなので、実は日本は「北極に近い国」のひとつといえます。
北極の氷は季節によって大きく変動しますが、地球温暖化の影響により近年縮小が続いています。冬場の海氷面積は、1979年は約1600万km²でしたが、2025年は1350万km²と約15%縮小、夏場は、1979年は約700万km²でしたが、2025年は355万km²と約半分にまで減少しました。気候学者の間では2035年から2050年ごろまでに、北極海の氷がすべて溶ける可能性が指摘されています。
●北極圏の資源を巡る争い
米国地質学研究所によると、北極圏には世界の未発見の石油資源の13%、天然ガスの30%が埋蔵されているそうです。また化石燃料だけでなく、水産資源やマグネシウム、ニオブ、コバルト等の希少金属、ネオジム、イットリウム、ジスプロシウムなどのレアアースも埋蔵されています。
そして北極の氷が消えることにより、これまでアクセスが困難だったこれらの膨大な天然資源が入手可能になります。海底に眠るこれらの資源を巡っては、すでにロシア、中国などを中心に争奪戦が始まっており、まさに「現代のゴールドラッシュ」といえる状況です。
なかでもロシアは北極圏の2/3、北極海の約半分を領海・排他的経済水域として支配圏に置いており、北極圏の天然資源の権益を確保するために、冷戦後に放置されてきた基地・飛行場を含め、2020年以降100カ所以上の軍事施設の再整備を行っています。
また中国は、北極圏に近い国々に接近しようとしています。アイスランドとは2010年に「通貨スワップ協定」を結び、2013年には自由貿易協定(FTA)を締結し、デンマークの自治領であるグリーンランドに対しては、海軍基地施設の買収を提案しています(デンマーク政府が米国の要望を受け、後に阻止)
ロシアや中国が北極圏に対して野心を抱く一方で、北極圏に関する国際ルールは脆弱です。1996年、オタワ宣言に基づき各国の政府間組織による「北極評議会」が設立され、北極圏のルールを形成していますが、法的拘束力に乏しく、紛争予防や利害調整の機能は限定的です。現在、実効性を発揮しているのは国連海洋法条約(UNCLOS)や、中央北極海無規制公海漁業防止協定(Agreement to Prevent Unregulated High Seas Fisheries in the Central Arctic Ocean)などの枠組みです。
西側諸国には、砕氷船があまりないことも課題です。ロシアは砕氷船を36隻保有し、うち最も砕氷能力の高いPolar Class1、2レベルの砕氷船を約6隻保有しています。また中国は4隻保有し、 近く5隻目が投入される見込みです。一方で西側諸国のうち、たとえば米国は、沿岸警備隊が運用する2隻のみです。この状況を打開するため、米国はカナダやフィンランドと「アイスブレーカー協力体制」を締結し、砕氷船の共同建造を目指しています。
●危機にさらされる世界の海運の要衝
ここで、世界の海運の要衝について解説します。
世界の海運にはいくつか、チョークポイント(その場所を押さえることで航路や海域を制圧できる、戦略的に重要な海上水路)が存在します。中でも重要なのはスエズ運河、パナマ運河、マラッカ海峡です。
【スエズ運河】
地中海と紅海を南北に結ぶ、全長193kmの運河です。1869年に開通し、1956年にエジプト政府によって国有化されました。アフリカ大陸を回らずにヨーロッパとアジアを海運で連結することができる海上交通の要衝で、ここが通行不能になると、アジア・欧州間の輸送日数が10~15日延びます。
過去には、「スエズ危機」と言われる第二次中東戦争により半年間封鎖されたり、エジプトとイスラエルが対峙する軍事境界線となったために8年間閉鎖されたり、アラブの春以降の治安悪化のために2年間封鎖されたりと、地政学的リスクの高い要衝で、2025年6月にイスラエル・イランの間で砲撃の応酬が発生するなど、さらに悪化しています。西側諸国の商船は危機管理上、喜望峰経由を余儀なくされており、スエズ運河の通航率は現在、平常時の20%程度になっています。
【パナマ運河】
太平洋とカリブ海を南北に結ぶ、全長80kmの運河です。1914年に開通し、1999年以降はパナマ政府が管理運営を行っていますが、米国の利用量が圧倒的に多いのが特徴です。
パナマ運河を航行する際は、海抜26mに造られた人工湖のガトゥン湖を経由する必要があり、船1隻が通航するたびに2億リットルの淡水が必要となります。しかし近年、気球温暖化の影響でガトゥン湖の水位が下がってきているため、「喫水」が深い大型船舶がたびたび航行制限を受けるようになりました。
また、2016年にパナマ政府は拡張工事を行いましたが、その工事費を回収するために通航料の値上げを繰り返しています。第二次トランプ政権は高額な通航料と、パナマ運河周辺の2港を香港企業のCKハチソンが保有していることを問題視し、パナマ運河奪還を表明するも、中国との政治問題へと発展しています。
【マラッカ海峡】
マレー半島(マレーシア)とスマトラ島(インドネシア)を隔てる海峡です。南東端で接続しているシンガポール海峡とあわせて太平洋とインド洋を結ぶ海上交通上の要衝となっています。
しかし2025年になり、マラッカ・シンガポール海峡にて、船を狙う海賊や武装強盗が急増しました。その理由は、中東情勢の悪化にともない喜望峰を経由する船が増え、投入船舶の増加による海上渋滞により減速航行を強いられ、襲われやすくなったとみられます。
●北極海航路と北西航路
世界の海運の要衝が危機に瀕しているなか、北極海航路と北西航路が注目を集めています。
| 北極海航路(北東航路) | 北大西洋から北欧、ロシアの沿岸を通り、ベーリング海峡等を通って北太平洋と北大西洋を結ぶ航路 |
|---|---|
| 北西航路 | 北大西洋からカナダ北部沿岸、グリーンランド沖を通り、北太平洋を結ぶ航路 |
たとえば横浜・ロッテルダム(オランダ)間の距離を比べてみると、北西航路は約1万5,700km。北極海航路は約1万3,000kmとなり、スエズ運河経由の約2万700km、喜望峰経由の約2万7,000kmより約40%短縮されます。これは航海日数も燃料も約4割短縮できることを意味します。またニューヨーク・東京間で比較すると、パナマ運河経由が約1万8,400kmに対し、北西航路経由は約1万4,000kmと、約25%短縮されます。
このように北極海航路と北西航路は非常に有用ですが、ロシアが「北極海航路の通航の際に、事前申請許可とロシア砕氷船のエスコートおよび費用負担」を義務付けている。一方でカナダは北西航路の一部を領海に当たる「内水」と主張し、米国始め多くの国は自由な国際航行の可能な国際海峡であるとして対立しています。
●北極海航路の商用利用
北極海航路に関しては、商業的利用がすでに始まっています。
たとえば、ロシアは北極圏で天然ガス開発プロジェクト「ヤマルLNGプロジェクト」「Arctic LNG2 プロジェクト」を行っており、EUや中国、インドへの輸出を急増させています。特に中国は米国による対ロ制裁の受益者になっており、市場価格の2~3割安で取引しているといわれています。
また中国系海運会社の海傑航運(Sea Legend Shipping)は2025年9月に、中国と北極海航路を使って英国など欧州を結ぶ新たなコンテナ船定期航路「中欧北極特急」を開設しました。輸送日数を現行の喜望峰経由の約50日から18日に大幅に短縮、運賃も4割減らし、電気自動車やリチウムイオン電池、太陽光発電製品などを運び始めています。
●まとめ
「北極圏」と「北極海航路」について、私の意見を述べさせていただきます。
前提として、世界の海運の要衝のうち、スエズ運河やパナマ運河は危機が長期化しています。その結果、サプライチェーンは根本的見直しを迫られており、輸送コストがかなり高くなっています。
次に、地球温暖化により北極海の氷が溶け、北極海に新たな航路が生まれています。北極海の航路は輸送日数を短縮でき、燃料消費の削減効果も絶大なので、北極をめぐる唯一の政府間組織 「北極評議会」を機能させ、人類みなで英知を絞り、活用を検討すべきです。
そして北極海の航路には、北極海航路(北東航路)と北西航路があります。
北極海航路には、ロシアが開発したヤマルLNGやArctic LNG2などのエネルギープラントやそれらに近接するサベッタ港、ムルマンスク港があり、非常に有用。しかしロシア・ウクライナ戦争によるロシアへの経済制裁により、利用は限定的です。また一方で、中国船社によるコンテナ船の運航が始まり、アジア・欧州間を20日間程度で結べるため、荷主にとって非常に魅力的なサービスになる可能性を秘めています。この動きに日本としても協力していくべきだと思います。
北西航路は商業利用が始まっていないので先は長いですが、スエズ運河の一部代替としての北アジア・欧州航路、パナマ運河の一部代替としての米国東海岸・アジア航路への活用が期待されます。そのためにも米国、カナダ、デンマークなどが協力し合うことが不可欠。日本としても砕氷船の建造技術や科学調査研究面で協力していくことを期待します。
隣国の韓国は2025年8月に「北極海航路総合支援センター」を設立、「釜山・ロッテルダム間の航海距離を最大37%短縮し、航海日数を平均10日以上削減できる」としており、北極海航路の利活用推進に向けた基盤整備や準備を始めています。
日本も是非、韓国とも手を握って北極海航路、北西航路の利活用に動き始めることを期待します。
SCMソリューションデザイン 代表 / 株式会社シーアールイー顧問 魚住 和宏 氏
募集要項
| イベント名 | 11/26 オンラインセミナー:激化する北極圏の覇権争いと北極海航路の将来性~トランプ大統領のカナダ、グリーンランド併合発言の背後にあるもの~ |
|---|---|
| 日時 | 2025年11月26日(水) 16:00~17:15 |
| 会場 | オンライン受講(Zoom) |
| 参加費/定員 | 参加費:無料/定員:100名〈先着順〉 |
本件に関するお問合せ
- お問合せ先:
- 株式会社シーアールイー マーケティング部
- 担当:
- 杉本(スギモト)
- メール:
- leasing_mail@cre-jpn.com
- 電話:
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