スタッフコラム

物流の持続可能化には「働く人の環境保全」も欠かせない!  ~ 物流をやりがい・尊厳と誇りある仕事に(下)心理的安全性 ~

菊田一郎氏の連載コラム「物流万華鏡」

菊田一郎氏の連載コラム「物流万華鏡」

前回コラム(※1)では「時給2,000円でもパート・バイトさんが集まらない!」という、物流現場の危機的な人手不足問題に対して、最大の対応策である「時給アップ」以外にも、できることはある、と訴えました。その第1点が、ご紹介した「従業員満足度の向上」であったわけです。

今回は、広い意味では「従業員満足」に含まれるかも知れませんが、もう1段、具体的に踏み込んだ超重要ポイントとし、「心理的安全性」について所論をつらつら述べたいと思います。

◆ 「心理的安全性」って、なんだっけ?

「チームの心理的安全性(サイコロジカル・セーフティー)」という概念を1999年の論文で最初に提唱したのは、ハーバード大学のエイミー・エドモンソン教授であるそうです。その定義は、「このチームでは対人関係でリスクのある行動をしても安全であるという、チームメンバーによって共有された考え」とされました。

逆に心理的安全性を損なう要因として、同教授は「無知だと思われる不安」「無能だと思われる不安」「邪魔をしていると思われる不安」「ネガティブだと思われる不安」の4つを提示しています。こうした不安とか自信がないとか、弱っちい発言をしても、「このチームなら受容される、大丈夫だ」という確信を持てるのが、心理的安全性の高いチーム、職場であるわけです。

まとめて少し平たく意訳すれば、「チームの誰もが、非難される不安を感じることなく、自分の考えや気持ちを率直に発言できる状態」「自分の考えを自由に発言し、行動に移せる環境」と理解していいでしょう。その大切さが国内でも最近、かなり注目されるようになってますね。その理由としては、私が毎度強調しているSDGs/ESGの流れもあって、「働く人の人権尊重/労務環境の改善」にもようやくスポットが当てられるようになったことが大きいと思います。

図表1 心理的安全性とは

図表1 心理的安全性とは

筆者作成

ちょっと範囲を広げて「サプライチェーンの人権尊重」になると、たとえばアパレル企業が新疆ウイグル地区の搾取的労働で生産された綿を素材に使っていないか? とか、紅茶の原料であるスリランカの茶葉が児童労働で生産されていないか? といった話になります。メーカーのサプライチェーンをさかのぼり、原材料調達の段階まで、企業は人権尊重に責任をもたなければならない(人権デューデリジェンス、とかのテーマになるんですね)。そうでない企業は市場・消費者の反発を招く可能性が高く、事業の持続可能性が低いので投資を引き上げる、といった世界のESG投資家の厳しい判断に結び付きます……なので日本企業各社も、大手中心に懸命にサプライチェーンの見直しに動いています。

しかしこの問いかけは、調達先とか遠い外国のパートナー企業の話だけでなく、足元の現実をようく見て、「自社内でも、従業員の人権を損ねていることはないのか?」という問いに結び付けるべきだと、私は思うんです。で、実際に社内サーベイをしてみたら、従業員満足度、エンゲージメント/ロイヤリティがけっこう低いことが分かってしまったり……するわけですね。

「なぜ従業員満足度が低いのか? 生産性がなかなか上がらないのか?」

……こんな悩みを抱える企業は少なくないはず。中でもあのGoogleは、真剣に自分自身に問いかけ、大規模な調査研究を行ったのでした。

◆ Googleの労働改革プロジェクト「アリストテレス」

心理的安全性の概念を一躍有名にしたのは、グーグルが2012年に開始し、4年の歳月と数百万ドルを費やして実施した労働改革プロジェクト「アリストテレス」です。その目的は「生産性の高いチームの条件は何か?」という問いに、答えを見つけ出すことでした。Google re:Work〈リワーク〉という人事施策共有サイト(※2)にその成果が無料公開されているので、ぜひ参照してみてください。

アリストテレスのリサーチチームは複数の統計モデルを駆使し、収集した大量のデータ項目のうち、何がチームの効果性に影響を与えているのかを追求していきます。その結果、真に重要なのは、一見クリティカルな「誰がチームのメンバーであるか」よりも、「チームがどのように協力しているか」であることを突き止めました。さらに分析を続けて得られた影響因子を、重要な順に示すと図表2のようになります。熟読するほどに、味わい深いものがありますね~。

図表2 効果的なチーム作りに必要な5つのポイント…思ったことを言えて動けるチームの生産性が最も高い

図表2 効果的なチーム作りに必要な5つのポイント…思ったことを言えて動けるチームの生産性が最も高い

Google re:Workサイト記事より引用

アリストテレスチームは、この5項目の中でも圧倒的に重要なのが、「心理的安全性」であると結論したのでした。他の要素も含めて言うと、心理的安全性の高いチームのメンバーは、
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① 会社からの離職率が低く
② 他のチームメンバーが発案した多様なアイデアをうまく利用でき
③ チームの収益性が高く
④ 「効果的に働く」とマネジャーから評価される機会が2倍も多かった
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……というのです。

一言で言えば、「心理的安全性の高いチームは、メンバーが信頼の絆で結ばれ、より生産性の高い仕事をこなし、収益拡大に貢献する」とまとめていいでしょう。

他の4項目もそれぞれに極めて重要な意味を含んでいるんですが、煩雑になるので今回は解説を控えます。それにしても、誰だって「こんなチームで働きたいな」と思うのではないでしょうか? 逆に、もし今そんなチームで働けていないのなら、そうなるように「あなた」はどう行動するのか、を問うてみるべきでしょう。皆さんの職場、チームの労働環境を、上記の評価項目と虚心坦懐(たんかい)に照らし合わせてみてはいかがでしょうか。

◆ 昭和の権威主義的風土は一掃されたのか

恐らく、上の「5つの項目にすべて当てはまる!」という日本の職場チームは、それほど多くはないんじゃないかなあ、と心配しています(見当違いなら、めっちゃ嬉しいんですが)。私自身、数十年のサラリーマン生活の中で、心理的安全性が極端に低い複数の職場を熟知する機会に遭遇しました。社会勉強になったと思います。時にはまさに昭和の、それも戦時中の日本軍いらいの化石のような悪夢のような軍隊式「上位下達」組織。あるいは怒鳴り(罰)と恐怖で部下を支配する、どこかの国みたいな権威主義的アナクロ統治。それらを引きずり、ゾンビのように生き残ってきた企業風土が、今もどこかにこびりついてる、なんてことはないでしょうか? 問題が残ってるとしたら、それら負の遺産をモーレツ社員万歳だった団塊世代から引き継いだ、中高年の幹部、経営者層の意識の中でしょうか。

「まさかあ。さすがに、それはないよ……」
と言ってもらえるなら、いいのです。でも私が心配しているのは、社内の話だけではありません。ここで本テーマを「社内チーム・職場」の人間関係から、「企業間取引」関係へと拡大解釈してみます。

皆さんが荷主企業や物流子会社、物流の元請け企業である場合。協力会社とかパートナーとか美名で呼んでいたとしても、物流業界が下請け、孫請け、玄孫(やしゃご)請け……と幾層も続く多重的な産業構造にあることは周知のとおりです。その上下関係(でなければ一応は協力関係)が、下からは不満の1つも口にできない、隷属的指示環境の下にあったりしませんか?

ヒエラルキーの下部側からも「非難される不安を感じることなく、自分の考えや気持ちを率直に発言でき・行動できる状態」……からは悲しいほど遠い、抑圧的な商慣行に縛り付けられ、隷従を強いられている、なんてことはないでしょうか? もし物流業界にそんなことは「ない」というなら、なぜ実勢運賃が、ドライバーの雇用と生活の持続が不可能なレベルにまで下がり続けたのでしょうか? 統計は事実を語ります。

私はつい最近もある物流事業者から、「物量が予告の2倍、3倍に突然増えても、『それを運ぶのがあんたたちプロだろう!』と荷主に一喝され強要されている」という、ざんねんな実話を聞きました。だから上のように書いたのです。それでは物流を持続可能にできるわけがありません。というか、そんな荷主はアフターコロナのこれから再燃する「新たな物流危機」の中、物流事業者から拒絶され、運んでもらえなくなって自滅の道をたどることでしょう。

実は物流業界の社内環境に、そして同時に社外との取引環境に、「心理的安全性」を確立することは、従業員の人権を回復すると同時に、「物流2024年問題」を解決し、「運べない」危機を回避し、物流を持続可能にする、極めて重要な手段の1つでもあるのです。

【参考】「人的資本」情報開示にも直結

ところで23年度から上場企業への義務付け方針が出されている「人的資本開示」への準備は進んでますでしょうか? 人的資本=Human Resources/HRとは、人とその持つ能力を、資源ではなく、「モノ」や「カネ」と同じく資本ととらえる経済用語。近年は、企業価値・競争力の構成要素として、モノやカネといった有形資産より、知的財産のような無形資産が占める割合が大きく高まっています。欧米では早い時期から人的資本に係る非財務情報を(ちょうど気候関連財務情報と同じように)開示し、投資家の判断に資する動きが先行していました。ESGのSocial(社会)に該当する項目で、「人的資本経営」が新たなテーマとして注目されています。

日本でも内閣官房非財務情報可視化研究会から去る6月に「人的資本可視化指針(案)」が出て、議論が進んでいます。情報開示が求められる19項目の人的資本には、人材育成・リーダーシップ、エンゲージメント、流動性、ダイバーシティ、健康・安全、労使慣行、コンプライアンス……などが含まれ、健康・安全には「精神的健康・肉体的健康と安全」が含まれるとされます。つまり、今回取り上げた「心理的安全性」も、まさに重要ポイントになるのです。今回は紙幅が尽きたので簡単な参考情報に留めますが、投資家に企業としての姿勢をきっちり伝え、評価を得るためにも、「心理的安全性」を確立することには大きな価値があるのです。

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11 物流の持続可能化には「働く人の環境保全」も欠かせない! ~ 物流をやりがい・尊厳と誇りある仕事に(上) ~

執筆者 菊田 一郎 氏 ご紹介

執筆者 菊田 一郎 氏 ご紹介

L-Tech Lab(エルテックラボ)代表、物流ジャーナリスト
(㈱大田花き 社外取締役、㈱日本海事新聞社 顧問、
流通経済大学 非常勤講師、ハコベル㈱ 顧問)

1982年、名古屋大学経済学部卒業。物流専門出版社に37年勤務し月刊誌編集長、代表取締役社長、関連団体理事等を兼務歴任。2020年6月に独立し現職。物流、サプライチェーン・ロジスティクス分野のデジタル化・自動化、SDGs/ESG対応等のテーマにフォーカスした著述、取材、講演、アドバイザリー業務等を展開中。17年6月より㈱大田花き 社外取締役、20年6月より㈱日本海事新聞社 顧問、同年後期より流通経済大学非常勤講師。21年1月よりハコベル㈱顧問。

著書に「先進事例に学ぶ ロジスティクスが会社を変える」(白桃書房、共著)、ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト「ロジスティクス・オペレーション3級」(中央職業能力開発協会、11年・17年改訂版、共著)など。

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