スタッフコラム

物流の持続可能化には「働く人の環境保全」も欠かせない! ~ 物流をやりがい・尊厳と誇りある仕事に(上) ~

菊田一郎氏の連載コラム「物流万華鏡」

菊田一郎氏の連載コラム「物流万華鏡」

筆者の主宰するエルテックラボは「人類社会と産業・生活のサステナブル化」を最終目的とした「物流、サプライチェーン・ロジスティクスのサステナブル化達成」を、言論の力で支援することをパーパスに掲げています。SDGsはその実現に向けた必達目標リストととらえ、常に参照してきました。

中でも現在まで、世界的に最も関心を集めてきたのは(コロナやウクライナ-ロシア問題はさておき)、なんといっても気候変動問題ではないでしょうか。この夏もとんでもない高温や干ばつ、大雨・嵐の増加などから世界各地で危機感が共有されているからです。これ以上の気候破壊を食い止めるカギは、GHG(温室効果ガス)の排出削減であることが科学的に立証されています。ならば、貨物を輸配送するトラックや船舶等の排出GHG削減、使用電力の再エネ由来電力への転換など、物流セクターのなすべきことは数多い。その手段もたくさんあるので、筆者は機会があるごとにコラムや講演で紹介し強く推奨してきました。

しかし! この「地球環境の保全」だけでなく、「物流のサステナブル化」のために欠かせない喫緊課題がもう1つ、あるのです。それは「物流で働く人の、働く環境の保全」です。このテーマについて改めて、上下2回に分けてつらつら書いていきたく思います。

◆ 時給2,000円でもパートさんが集まらない!

本テーマについては、このCREサイトで過去にも「CREフォーラム」での講演レポートとして「物流SDGs!~『地球と人の環境保全』で物流を持続可能に~」(※1)や、「『製配販物』連携とテクノロジーで物流2024年問題をクリア!~3つの喫緊課題と解決策…労務時短/人材定着/連携・協働~」(※2)で部分的には指摘しました。しかし、今回は新たな視点で最新版をお届けします。

「物流2024年問題」はご存じの通り、時間外労働の上限規制によりドライバー不足がますます深刻化する(のは間違いない)、という大問題。筆者は繰り返し「放置してたら大変だよ!」「トライバーの労働時間を減らして作業環境を改善しなきゃ」と呼びかけてきましたが、正直、当初の反応は鈍かったんですねえ…。その背景としては、この2年余のコロナ禍の影響でモノの動き、つまり物流量そのものが沈下・停滞していたことが大きかったようです。これで19年には危機的な不足状況と言われていたドライバーの需給も緩んでしまい、「運賃値上げ」の話が雲散霧消してしまった現場も多いみたい。それでも前回コラムの加工食品業界の例で見た通り、「このままじゃドライバーが足りなくなり、モノが運べなくなる!」という切実な危機感が、荷主側にもある程度は浸透してきた感があります。

これに対し、倉庫や物流センターで働く現場作業者の不足は、そこまで表立っては騒がれてこなかったですよね。国策の「ホワイト物流」でも、ドライバー不足ばかりに焦点が当てられてきた。しかし今年はコロナ第7波の中でも徐々に経済の正常化が進んで物量も回復に転じ、物流拠点でもジワジワと人手不足の影響が出始めています。物流コンサルタントのわが友人から筆者に、彼の係る都内の物流現場で早くも昨年末に、「現場のパートさんが時給2,000円/時でも集まらなかった!」という悲報が寄せられました。先般、過去最高の最低賃金引き上げが決定されましたが、全国最高値である東京の最低賃金は「1,072円」。その倍額を提示しても、来てもらえない! それじゃいったい、どうしたらいいんでしょうか…?

◆ 時給を上げる以外にも、できることがある

以下はこのような時給でスポット的に採用する非正規のパート、アルバイト作業者で主に構成される「物流現場作業者」に焦点を当てて考えます。ふつう、働く人たちはまずその会社が「通える距離」にあること、そして「許容範囲の時給/より高い時給」がもらえることを条件に、候補を絞って検討します。複数の働き口の時給を比べるので、どうしても「人の取り合い」は起こる。だから経営者・責任者は必要な人数を確保できるまで、歯を食いしばって(できる範囲で、だけれど)、より高い金額を提示しなければならない……この時給競争が、コロナ後に生産・流通が本回復するこれから、より厳しくなることは確実と思われ、覚悟は必要でしょう。

なにせ日本の人口は今、毎年60万人前後も減り続けているんですから。それに「まともに生きられる」生活の糧を保証することは、「人の尊厳」を守るためには不可欠なこと。人の尊厳を奪われた低所得者層が拡大するのを放置したら、さらに市場は縮小し、社会はすさみ、治安も不安定化してしまう。雇用主たるもの、社会的責任をきちんと果たす、その決意を新たにしたいものです。

とは言うものの、「ない袖」は振れませんよね。それに「時給2,000円/時でも集まらない」というのなら、もしかして、お金の問題だけではないのかも知れません。たとえば…

① 「物流センター」「倉庫」のよからぬイメージで敬遠される

昔は3K(きつい、きたない、きけん)職場の代表格として避けられていた物流現場ですが、システム化がかなり進んだ現在は相当イメージが改善されたようです。CREやほかの物流不動産会社が建てた高機能物流センターなら、ホテル?と見まごうばかりの内装だったりしてますし。

ただし「昭和のままの建物・設備」「昭和のままの力仕事」ばかりだったら話は別。できうる限り、力仕事・単純作業は減らすことがマストでしょう。ロボットとか高価なマテハン機器は買えなくても、ちょっとしたリフタを入れるとか、パワーアシストスーツを使ってみるとか、簡単にできることもいろいろありますよ。

② 立地が遠い、作業環境が悪い

倉庫は郊外に建てることが多いので、たいてい鉄道の駅からは離れています。歩くのが嫌になるほどの距離だったら、送迎バスを出してカバーするのが常套手段でしょう。また作業内容として、コンテナのデバンニングとか、どうしても暑い・寒い、屋外や低温環境での作業が主になる場合もあります。技術的にはデバン自動化や冷凍庫内の自動化も可能になっては来ましたが、まだまだ高価。手軽に使えるようになるまでの間は、時給にプレミアをつけて人を集めるしかないでしょう。

③ 「働くのが嫌になる」職場である

上記のような外面的な理由以外に、「多少いい時給がもらえたって、こんな職場で働くのはゴメンだ!」と思わせるような実態が、あったりしないでしょうか?

とくに筆者が心配しているのは、「人の使い方」「職場での人間関係」にかかわる問題です。
◆ 上意下達で一方的命令への服従を求めるなど、人遣いの粗っぽい職場。
◆ ゆえに双方向コミュニケーションが成立せず、下々の意見が無視される職場。
◆ パワハラ、セクハラ、モラハラに近い言動が制限されない職場。
◆ ダイバーシティが不在で、力の弱い女性や高齢者、外国人労働者、障がい者などに対する配慮がない職場。
◆ 働きに対する公平で透明な評価が行われない職場。
(人より何割増しで頑張っても、同じ時給でしか評価されない場合、などなど)

……読むだけで昭和の香りがプンプン漂ってきますが、悪くするとこれらが、いまだに「物流現場あるある」だったりすることを、筆者は恐れているのです。もしそんな現場であれば、令和の今や、働く皆さんはみなSNSでつながっているので、「ブラックリスト」に載ってしまい(「あそこ、ヤバいから!」)、なかなか人が集まらない、という結果になっているかも。

でも逆に言えば、従業員の人格を足蹴にするようなこんな悪弊を改善することで、時給はさほど上げられなくても、パート/アルバイトさんが喜んで来てくれる職場にすることも、あながち不可能ではない、かも知れないのです。

◆ 「従業員満足度」を高める努力を…SPCの考え方

そこで今回、筆者がまず提案したいのが、物流現場でも「従業員満足度を高める努力をしようよ」、ということです。これは5月のCREフォーラムのレポートにチラ出ししたネタですが、これに私なりの解説を新たに加え、具体的にばっちり説明したいと思います。

◇ サービス・プロフィット・チェーン(SPC)理論とは ◇

従業員満足度を高めると、こんなにいいことが起こる、という研究成果があるんです。「①従業員満足」がサービス品質の向上を通じて「②顧客満足の向上」に、そして「③企業収益の向上」へと連鎖する…という因果関係を示す「SPC理論」です(図を参照)。1994年にハーバードビジネススクールのヘスケット名誉教授・サッサー名誉教授らが発表した論文「サービス・プロフィット・チェーンの実践方法」で提唱されたもの。

SPCでは企業の活動を以下の7段階に分け、それらが循環しスパイラルアップすることで恒常的な企業収益の改善が可能になると考えます。以下は諸説あるなか筆者なりに整理したもので、図にはグレーの囲みで示したコメントも組み込んでいます。

<サービス・プロフィット・チェーン(SPC)の理想的なサイクル>

<サービス・プロフィット・チェーン(SPC)の理想的なサイクル>

① 福利厚生・給与を含む待遇など、従業員に対する企業内サービスの品質を高めることによって、従業員満足度(ES:Employee Satisfaction)が向上する

② ESが高まると、従業員の当社に対するロイヤルティ、帰属意識が高まる

③ すると従業員のモチベーションが向上し、作業生産性が向上する

④ それにより余裕が生まれ、顧客へのサービス品質も向上する
→ 活気が生まれ、笑顔の接客サービスや自発的なスキルアップで品質が上がる

⑤ 高品質サービを受けたことで、顧客の満足度(CS:Customer Satisfaction)が高まる
→ サービスに満足・感動した顧客が「ありがとう」の意思表示を行い、それが従業員に伝われば、従業員の「やりがい」「達成感」「仕事の喜び」に直結する
→ それは従業員の当社・仕事に対するエンゲージメントを高めるので、定着率アップ・離職率ダウンにつながる
→ 定着率の低い職場では毎度高額な費用がかかっている採用コスト・教育コストが削減でき、経費削減の面からも利益の向上に貢献する

[6] CS向上で当社に対する顧客ロイヤルティが育まれ、サービス購入頻度・利用金額が高まる

[7] すると売上が増えて当社の収益が向上する。これを従業員の待遇改善に再投資することで、さらなるES、CS向上から収益向上へと、正のスパイラルで成長サイクルが回っていく…

ただし、ご注意。「そうだよな、従業員の待遇さえ上げれば、ESからCSが上がるんだから、売上も上がるんだよな!」なんて安易に考えたのでは、墓穴を掘ることになるかも、です。あるいは、「そんな絵に描いたように、うまくいくわけ、ないだろうが!」と怒ってる人、はい、それもごもっとも。
実はこのチェーンが「正の連環でつながり、スパイラルアップ」させることはそう簡単ではなく、実現にはかなり厳しい条件があるのです。それは…

◆ 経営者・リーダーに従業員を大切にすることへの「本気の思いと行動」が、あるのか否か。

◆ 「企業活動を持続可能にする成長には、顧客満足度の向上が欠かせない。それは、働いてくれている従業員が職場と仕事に満足してくれていなければ、達成できない」という真実に、気が付いているか否か。

◆ 雇っている自分たちには、非正規であっても従業員の~その家族も含めて~生活を守る一定の責任があることに、自覚的であるのか否か。

リーダーの責任感・使命感・倫理観のあるなしに関して、部下たちはとっても、恐ろしいほど、敏感です。口先だけのおざなりな言葉など、裏側に隠された自己中心的な真意があろうものなら、瞬時に見破ってしまう(たとえ言葉にはできなくても、気持ちで分かる)。結局は経営者、リーダーの人格、人間性、志の問題なのでした。尊敬され慕われるリーダーは、これらを陶冶し、成長することなしには生まれません。

……いや、まあ、今さら言うまでもない、あったりまえのことではあるのですが。

もしも皆さんの物流現場に、時給は普通に出していても、みんなが思ったように動いてくれない/成果が出せない/募集しても人が集まらない……なんていう兆候があるとしたら、一度わが胸に手を当て、上の視点で働く人の立場にその身を入れ替え、感情移入をしてみてはいかがでしょうか(本気でやると、けっこう感じられることがありますよ)。

次回はこの流れの続きで、安心して働ける「心理的安全性」ほかのテーマを追っていきます。

バックナンバー

1 物流DX① ”物流DX”で 会社と物流を変えますか?
2 物流DX② ”物流DX”で 会社と物流を変えますか?(その2)
3 脱炭素・デジタル時代の物流ビジョン Part① 「スーパーシティ」の物流像とSDGs
4 脱炭素・デジタル時代の物流ビジョン Part②再エネ供給の爆速拡大から始めよう!
5 “物流DX”って… フツーの”DX”と違うんですか? 新・総合物流施策大綱のざんねん項目と今後への期待
6 物流脱炭素化へ “モーダルシフト”に新たな戦略的価値 ~共同物流との合わせ技/海運活用でBCP~
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8 EXで脱炭素物流、そして「国家安全保障」へ Part② Energy Transformationのトンデモ革命的価値を検証する!!
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10 食品物流、「途絶」の危機を乗り越え持続可能に!~(後編)冷食/食品通販物流サステナブル化への戦い~

執筆者 菊田 一郎 氏 ご紹介

執筆者 菊田 一郎 氏 ご紹介

L-Tech Lab(エルテックラボ)代表、物流ジャーナリスト
(㈱大田花き 社外取締役、㈱日本海事新聞社 顧問、
流通経済大学 非常勤講師、ハコベル㈱ 顧問)

1982年、名古屋大学経済学部卒業。物流専門出版社に37年勤務し月刊誌編集長、代表取締役社長、関連団体理事等を兼務歴任。2020年6月に独立し現職。物流、サプライチェーン・ロジスティクス分野のデジタル化・自動化、SDGs/ESG対応等のテーマにフォーカスした著述、取材、講演、アドバイザリー業務等を展開中。17年6月より㈱大田花き 社外取締役、20年6月より㈱日本海事新聞社 顧問、同年後期より流通経済大学非常勤講師。21年1月よりハコベル㈱顧問。

著書に「先進事例に学ぶ ロジスティクスが会社を変える」(白桃書房、共著)、ビジネス・キャリア検定試験標準テキスト「ロジスティクス・オペレーション3級」(中央職業能力開発協会、11年・17年改訂版、共著)など。

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